米丈(こめじょう)。
それは、十一代続く私たちの屋号であり、米への誓いそのものです。

私たちが米作りを続けるのは、三重県多気郡明和町のこの大地に、深い理由があります。

伊勢平野の豊かな土壌、清らかな水、季節ごとに表情を変える田んぼ。
その恵みを受けながら、十一代にわたって培ってきた農家の知恵と技術で、一粒一粒を大切に育ててきました。

毎日の食卓にのぼる米として育ててきた一粒を、日本酒という新しい形へ。
その思いから、米丈の酒造りは始まりました。

毎日の食卓にのぼる米として育ててきた一粒を、日本酒という新しい形へ。
その思いから、米丈の酒造りは始まりました。

祖母から受け継いだ、米への思い

十一代続く米作りの背景には、祖母から受け継いだ米への思いがあります。

私たちは、より良い米を育てることこそが、十一代続く米農家としての使命だと信じてきました。

その歴史の礎には、96歳になった今も私たちを見守る祖母の存在があります。
祖母は90歳まで畑に立ち続け、米作りとともに生きてきました。
その背中には、十一代にわたり受け継がれてきた知恵と愛情、そして土地への誇りがありました。

私たちはある時、考えました。
祖母から受け継いだこの米への思いを、もっと深く、もっと新しい形で届けることはできないだろうか。

その問いから生まれたのが、「食米を醸す」という挑戦です。

毎日の食卓のために育ててきた米を、日本酒という新しい形へ。
十一代の歴史、未来へつなぎたい米作り、そして祖母への感謝と敬意を、私たちは一本の酒に込めました。

米丈は、農家として受け継いできた誇りを、日本酒という形で表現した一本です。

食米を酒にする、米丈 KOME JO の挑戦

私たちが育ててきた食米を日本酒にすることは、決して簡単な挑戦ではありませんでした。

一般的な酒造好適米とは異なり、食米は硬く溶けにくい性質があります。
その米から、清らかさと深みをあわせ持つ酒を生み出すには、繊細で高度な技術が必要でした。

その難題を支えてくれたのが、千葉で三百年続く老舗酒蔵・飯沼本家との出会いです。

飯沼本家が持つ、新しい可能性への探求心。
そして、長い歴史に裏打ちされた確かな酒造りの技術。

私たちが十一代にわたり受け継いできた米作りの知恵と、三百年続く酒蔵の技術が重なった時、食米はなめらかで奥行きのある酒へと姿を変えました。

こうして、米丈 KOME JO は完成しました。

この一本は、十一代続く米農家の誇りと、一歩先を見つめる情熱から生まれた日本酒です。